08-ブラジャー/男と女の胸算用 (5)

 

[17] [18] 2006年、東京・新橋地下街のショッピング・モールで見かけたブラのディスプレイ。

ブラを着けない女性はいまや「ゼロ」?

  マドンナのあの衣装はいったい何だったのか?

 裸体を隠す下着というものは、裸体そのものよりはるかに猥褻な意味をもつことがある。性器を見せまいとするポルノ写真のあのモザイクが、この世には性器そのものより遥かに猥雑なものがあることをあからさまに見せてくれるように。

 マドンナがブラジャー付きのコルセット──あの黒い拘束衣で豊かな肉体を締め上げてステージに現れたとき、彼女は、ノー・ブラの胸以上に、遥かに性的で、猥褻なものを見せようとしたのだろう。

  マドンナの逆説である。

 この逆説が、やがて1990年代、ゴルチェやヴェルサーチの「ボンデージ・ルック(拘束衣ルック)として継承されていくことになる。

 20世紀初頭、ブラジャーはコルセットから独立を果たし、ブラを胸に着けることこそ時代の最先端だった。
 20世紀の半ば過ぎ、女性たちは男性原理から自立し、ブラを胸から外すことこそ同時代を生きる証(あかし)だった。

 では、20世紀の世紀末、ブラはどうなったのか?

 「ノー・ブラ」の思想が、政治的プロパガンダであったとすれば、「イエス・ブラ(ブラ装着)」のファッションは商業的プロパガンダだったよう だ。ランジェリー業界が少女向けのブラを開発・宣伝するのと軌を一にして、女性たちの〈初めてのブラ体験〉が低年齢化の一途をたどっているのである。

 日本の場合、ワコールの調査によれば、1990年代、首都圏に住む18~39歳の女性たちが〈初めてブラジャーをつけた時期〉は左の表のようになっている。80年代の調査と比較すると、その顕著な傾向がわかるだろう。

 ご覧のように、81年~92年の11年間で「小学校高学年」の低年齢帯が11ポイント以上の伸び(☆印)を示している一方、逆に「高校生」「18歳以上」の高年齢帯で減少傾向にある。
 つまり、およそ7人に1人(14.6%)の女の子が「小学校高学年」からブラを着けはじめ、17歳までにほぼ全員(累計=96%)が着け終えている。最終的に「つけていない」女性は「ゼロ(!)」──。

 さらに、92年の調査対象を18~19歳のハイティーン層に絞ると、ほぼ4人に1人(23.5%)が「小学校高学年」でブラを着けはじめ、「中 学生」で7割(70.6%)に達し、「高校生」での初着用はわずか5.9%。17歳までに100%の女性たちがブラを着け終えていたという結果が出てい る。
 若い世代になるほど、「初めてのブラ体験」の時期が早まっているのである。

 日本では、世紀末(1998年~99年)の夏から流行りはじめ、21世紀になって定番(スタンダード)となったファッションに「キャミソール・ルック(肌着ルック)」がある。
 渋谷や原宿の雑踏には、フリルひらひら、レース透け透けの、従来の下着(インナー)を上着(アウター)として着込んだ若い娘たちが氾濫している。

  旧世代のサラリーマンのオトーサンたちが目のやり場に困って眉をひそめているのは、あれは、女性の裸体よりもっとタチの悪いものを見てしまったせいではないだろうか。
  しかし、それこそがこの肌着ファッションの狙いなのである。いまどきの日本の女性たちはマドンナよりずっとしたたかだった。

  先のデータを思い出していただきたい。あのキャミソールのその下に、屋上屋(おくじょうおく)を重ねるがごとく、ほとんどの娘たちがブラジャーをしっかりと着用に及んでいるのである。

 下着の下にまた下着! 
 なんという念の入った猥褻さだ!

 いま、21世紀。リブの時代は遠くなり、マドンナの逆説もまた届かず、ノー・ブラを知らない子どもたちが、「ジェンダー・フリー」が禁句となった日本の街を闊歩している。

(村瀬春樹)

[19] 2006年、東京・吉祥寺のランジェリー・ショップで売られるブラジャー。「2,625円/モテ度NO1]とある。
81年調査
92年調査
「小学校低学年」
0%
0%
「小学校高学年」
3.4%
☆14.6%
「中学生」
60.6%
59.1%
「高校生」
29.6%
22.3%
「18歳以上」
5.0%
3.7%
「まだつけていない」
0%
0%
[20] (株)ワコール広報室『ENTROPY──こころがからだをつくる』(1992年)より
[21] [22] いまや定番となった「キャミソール・ルック」の流れはオールシーズンのファッションとなったようだ。クリスマス・パーティー用ドレスに、地が透けたキャミソールのアウターを提案している銀座のブティック。
[21] 西銀座デパート(2006年12月)。
[22] Dolce & Gabbana(ドルチェ&ガッバー ナ/2006年12月)。
[23] 2007年、銀座に掲げられた巨大な電光ポスター。柳の並木越しに外国人モデルがブラの胸を自己主張する。

《出典》

* a 青木英夫著『風俗史からみたベル・エポックの時代/女性らしさと男らしさの時代』
* b Women working in a munitions factory at Chilwell in Nottingham. 
The shell have been filled with gunpowder.「Life on All Fronts/Women in the First World War」
by Gill Thomas. Cambridge University Press
* c 『株式会社そごう社史』(1969年)
* d 「主婦之友」1933年12月号付録『冬の流行・婦人子供洋服の作法』
* e 女たちの現在を問う会編『銃後史ノート戦後篇/全共闘からリブへ』インパクト出版会中、
林郁「行動の季節、女たちと」(1996年)

《写真》

[1]『Fashion in Underwear』by Elizabeth Ewing : B.T.BATSFORD LTD London
[2] An 1890s' Celebrated CB Corset' on its display stand.
『Inside Out/A Brief History of Underwear』
The National Trust Ltd. : London
[3]Glenda Jackson wearing corset and padded roll of the 1580s,
made by Jean Hunnisett for the BBC TV series Elizabeth R, designed by Elizabeth Waller in 1970. 
『Patterns of Fashion/ The cut and construction of clothes for men and women c1560-1620 』
Written and Illustrated by Janet Arnold. Macmillan Publishers Ltd.: London
[4]1887/LA MODE ILLUSTREE Bureaux du Journal 56 Rue Jacob Paris
[5]A postcard of 「Imperial World War Museum 」in London
[6]Women working in a munitions factory at Chilwell in Nottingham.
 The shell have been filled with gunpowder.「Life on All Fronts/Women in the First World War」
by Gill Thomas. Cambridge University Press
[7 ]エドワード・デ・ボノ著/渡辺茂監訳『Eureka! 』講談社より(1977年)
[8]『Inside Out/A Brief History of Underwear』(The National Trust Ltd. : London)
[9]「主婦之友」1933年12月号付録『冬の流行・婦人子供洋服の作法』
[10]『Inside Out/A Brief History of Underwear』(The National Trust Ltd. : London)
[11]『Century Makers(この世紀をつくりしモノたち)』by David Hillman & David Gibbs
(SEVEN DIALS ILLUSTRATED DIVISION THE ORION PUBLISHING GROUP, London
[12]アリシア・ベイ=ローレル著・深町真理子訳『地球の上に生きる』草思社(1972年)
[13]神野次郎作品(筆者所蔵)
[14]Janis Joplin『CHEEP THRILLS』Columbia Records のアルバムジャケット
[15]『Rock'n Roll The First 25 Yeares』The Hamlyn Publishing Group Ltd. New York,1980
[16]マドンナ・チコネ 『昭和史全記録』毎日新聞社 (1989年)
[17]~[19]筆者撮影
[21]~[23]筆者撮影

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