● ブラを着けない女性はいまや「ゼロ」?
マドンナのあの衣装はいったい何だったのか?
裸体を隠す下着というものは、裸体そのものよりはるかに猥褻な意味をもつことがある。性器を見せまいとするポルノ写真のあのモザイクが、この世には性器そのものより遥かに猥雑なものがあることをあからさまに見せてくれるように。
マドンナがブラジャー付きのコルセット──あの黒い拘束衣で豊かな肉体を締め上げてステージに現れたとき、彼女は、ノー・ブラの胸以上に、遥かに性的で、猥褻なものを見せようとしたのだろう。
マドンナの逆説である。
この逆説が、やがて1990年代、ゴルチェやヴェルサーチの「ボンデージ・ルック(拘束衣ルック)として継承されていくことになる。
20世紀初頭、ブラジャーはコルセットから独立を果たし、ブラを胸に着けることこそ時代の最先端だった。
20世紀の半ば過ぎ、女性たちは男性原理から自立し、ブラを胸から外すことこそ同時代を生きる証(あかし)だった。
では、20世紀の世紀末、ブラはどうなったのか?
「ノー・ブラ」の思想が、政治的プロパガンダであったとすれば、「イエス・ブラ(ブラ装着)」のファッションは商業的プロパガンダだったよう だ。ランジェリー業界が少女向けのブラを開発・宣伝するのと軌を一にして、女性たちの〈初めてのブラ体験〉が低年齢化の一途をたどっているのである。
日本の場合、ワコールの調査によれば、1990年代、首都圏に住む18~39歳の女性たちが〈初めてブラジャーをつけた時期〉は左の表のようになっている。80年代の調査と比較すると、その顕著な傾向がわかるだろう。
ご覧のように、81年~92年の11年間で「小学校高学年」の低年齢帯が11ポイント以上の伸び(☆印)を示している一方、逆に「高校生」「18歳以上」の高年齢帯で減少傾向にある。
つまり、およそ7人に1人(14.6%)の女の子が「小学校高学年」からブラを着けはじめ、17歳までにほぼ全員(累計=96%)が着け終えている。最終的に「つけていない」女性は「ゼロ(!)」──。
さらに、92年の調査対象を18~19歳のハイティーン層に絞ると、ほぼ4人に1人(23.5%)が「小学校高学年」でブラを着けはじめ、「中 学生」で7割(70.6%)に達し、「高校生」での初着用はわずか5.9%。17歳までに100%の女性たちがブラを着け終えていたという結果が出てい る。
若い世代になるほど、「初めてのブラ体験」の時期が早まっているのである。
日本では、世紀末(1998年~99年)の夏から流行りはじめ、21世紀になって定番(スタンダード)となったファッションに「キャミソール・ルック(肌着ルック)」がある。
渋谷や原宿の雑踏には、フリルひらひら、レース透け透けの、従来の下着(インナー)を上着(アウター)として着込んだ若い娘たちが氾濫している。
旧世代のサラリーマンのオトーサンたちが目のやり場に困って眉をひそめているのは、あれは、女性の裸体よりもっとタチの悪いものを見てしまったせいではないだろうか。
しかし、それこそがこの肌着ファッションの狙いなのである。いまどきの日本の女性たちはマドンナよりずっとしたたかだった。
先のデータを思い出していただきたい。あのキャミソールのその下に、屋上屋(おくじょうおく)を重ねるがごとく、ほとんどの娘たちがブラジャーをしっかりと着用に及んでいるのである。
下着の下にまた下着!
なんという念の入った猥褻さだ!
いま、21世紀。リブの時代は遠くなり、マドンナの逆説もまた届かず、ノー・ブラを知らない子どもたちが、「ジェンダー・フリー」が禁句となった日本の街を闊歩している。
(村瀬春樹)