【白亜紀の道具たち】 陶製代用品を中心に (Page 2)

● 日本本土の場合/1938~45年

 1930年代、大日本帝国はアジアへの侵略戦争を開始した。戦況が悪化するにつれ、金属をはじめ、国内の主要物資は日用品をつくるに事欠くほど底を尽きはじめていた。そこで、国をあげて贅沢品追放と資源回収運動が行われたのである。

 1941(昭和16)年、金属品の「供出」が本格化し、寺の梵鐘からメガネの縁、金歯にいたるまで、ありとあらゆる貴金属・卑金属類が国家に召し上げられ、軍需品の生産に回されることとなった。

 そして、代用品の時代がやってきた……。

昭和初期の愛知県瀬戸市の陶器工場。 

1942(昭和17)年、窯業のメッカ・瀬戸市では、政府が強制的に行った企業の統廃合令(企業整備令)によって、 1200社あった窯業会社が120に統合され、多種多様な陶器の代用品が生産されることになった。 

写真/瀬戸市制70周年記念誌『瀬戸』より

 

陶製水筒(アルミ製水筒の代用品)
陶製真空容器(金属製缶詰器の代用品)
陶製鏡餅(米の鏡餅の代用品)
壱銭陶貨(金属製硬貨の代用品)
陶製湯たんぽ(トタン製湯たんぽの代用品)
陶製湯たんぽ(トタン製湯たんぽの代用品)
陶製剣山(金属製剣山の代用品)
陶製おろし金(銅製おろし金の代用品)
陶製プラグ(合成樹脂製プラグの代用品)
陶製帽子掛け(鋳鉄製帽子掛けの代用品)
陶製フック(青銅製フックの代用品)
陶製座金(合成樹脂製座金などの代用品)
陶製勲功章(青銅製勲功章の代用品)
陶製紡績重り(重金属製重りの代用品)
陶製キセル(銀製キセルなどの代用品)
土製蚊遣り(金属製蚊遣りなどの代用品)
木製ボタン(金属製ボタンの代用品)
紙製電灯シェード(ガラス製シェードの代用品)