06-女と男とかんざしと

 

1 かんざしのアタマの先端には、なぜ、「耳かき」が付いているのか?
それが問題だ……。


 女と男の情愛の機微がわからない男の方に伏して申し上げたい。男女間のルールを学ぶには【かんざし(簪)】をとくと考察するのがよいと思う。

 ニッポンのかんざしの歴史は縄文時代までさかのぼるが、写真のようにかんざしのアタマに「耳かき」がつくようになったのは、江戸期・享保(きょ うほう)年間(1716~37年)だったようである。後世の文献──文政年間(1818~29年)に著された加藤曳尾庵『我衣(わがころも)』に、〈享保 頃ヨリカンザシト名付ル物、上耳カキ、下髪カキ、銀ニテ作ル〉とある。

 なぜ、耳かきだったのか? それは、歴代の江戸幕府が、財政がピンチになるたびに発令した「奢侈(しゃし)禁止令」と深い関係がある。「こんな時節に、町家の婦女子の分際で華美な贅沢品を使うのはまかりならん!」と、かんざしの使用が御法度になったのである。

 ところが、江戸の市民はタフだった。禁止令もなんのその、三日もたてば江戸市中に御法度破りの新製品が出回った。町娘たちの島田髷(しまだまげ)には新趣向のかんざしがキラキラキラ。「なにをおっしゃる、これはかんざしではござりませぬ。ほれ、このとおり耳かきではありませぬか」、と。


2 贅沢品の禁令もなんのその、浮世絵に描かれた美人たちの髪は多彩なデザインのかんざしで飾られている。そのほとんどが規制の網をかいくぐった「耳かき タイプ」なのが笑える。ちなみに、三日程度しか効力のない禁令を「三日御法度(みっかごはっと)」といった。

左の美女が差す黄色いかんざしは鼈甲製、白く見えるのが銀製だ。喜多川歌麿「高名美人六歌撰」(部分)より。


 実際、それは耳かきとしても立派に役立った。うらやましい話ではあるが、愛しい男を膝枕、かんざしのアタマで耳をホジホジ。

 そして、かんざしにはもう一つ大きな実用性があった。そう!落花狼藉、手篭(てご)めにしようとする憎っくき男の目に切っ先をグサリ!
イザというときの護身具としても大きな威力を発揮したのだ。

 かんざしとは、単なる髪飾りではなく、男女の情愛の機微を内に秘めた銀細工の「記号」なのである。横に倒して見ればわかりやすい。


3 左上から、珊瑚玉のかんざしが2本、家紋入り真鍮製かんざし、下が銀製かんざし。


 ほら、左側=耳かきを使って膝枕のときは「愛情」、右側=切っ先を向けて目を狙うときは「憎悪」。
 左が「愛」、右が「憎」──。

 あたかも、1本の棒磁石の先端が「N極」と「S極」という正反対の引力(または、斥力=しりぞける力)をもつように、1本のかんざしには「愛情」と「憎悪」という両極端の引力・斥力が同時に宿されているのである。

 愛憎はオセロのコマのうらおもて、おんなごころは「髪」のみぞ知るの髪飾り。いきなりくるりと反転したりするのである。男が求めりゃ、女が選び、女が求めりゃ、男が選ぶ。選ばれなくても恨みっこなしよ。
 これが情愛のルールだ。

 ──ふられ男の詠める。

 ひざ枕
 耳をくすぐる睦言(むつごと)も
 一夜明ければ切っ先の向く


(村瀬春樹) 

写真/1・3:Tabute murase