たいへんだ。わが家の【鰹節(かつおぶし)削り器】が壊れてしまった。
カンナを仰向けにはめ込んで、底に抽き出しをつけた、木の小箱。カツオブシケズリキ。
1970年代、そのころ暮らしていた吉祥寺の金物屋で買った愛着のある道具なのだが、それが壊れてしまったのです。毎日毎夕、30年間以上、夫、息子、そして私が、力いっぱい鰹節を削り酷使してきたせいか、カンナが箱の中へ陥没してしまい、何度も補修をしながら使ってきて、ついには箱全体がバラバラに解体しちゃいそう……。
買い替えなくてはと思うのだが、近くのスーパーマーケットでは売っていない。聞いてみると「10年来、需要がないので置いていません」、そういわれたのが15年前。最近の若い店員は「何ですか? それ」と鰹節削り器自体を知らない。
そのように、鰹節削り器は絶滅に瀕している道具のひとつだが、昭和30年代(1955年前後)まではどこの家庭でも見かけた台所の必需品だった。人は、鰹節を、必要な時に、必要な分だけ、手間ヒマかけてその削り器で削っていたのである。
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2 これが、わが家で30数年来愛用してきた削り器。カンナの部分が箱の中へめり込むように陥没しはじめ、箱が崩壊の危機にある……。
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岩井宏編『民具の世相史/DOMESTIC JAPAN』によれば、〈鰹節削りは、江戸の庶民にとっては包丁や鍋釜と同じくらい重要な調理具だった〉とある。〈ほかになにもなくても、ご飯に鰹節を削ったものをふりかけたら、それはなかなかのごちそうだったのである〉
ただし、江戸時代の鰹節はカンナを使わず、鋭利な小刀や包丁を使って削られていたようだ。前掲書に紹介されている、成毛金次郎による民具図鑑『DOMESTIC JAPAN』(明治28=1895年刊行)には、鰹節と小刀がセットで入った木箱が「鰹節(かつぶし)削り」として紹介されている。
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3 『DOMESTIC JAPAN』に収録されている「鰹節削り」。小刀で鰹節を削るときには、箱のフタの中央に見える木の突起に鰹節を押し当てて固定する。
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鰹節削り器の衰退は1960年代後半からはじまった。それは全国規模でスーパーマーケットが激増した時期と軌を一にしている。ビニール袋に入った真空パックの「けずり節」が、スーパーの大ヒット商品となったのである。
1971年、銀座にハンバーガー・ショップ「McDonald」の1号店がオープンする。ベルトコンベアーで短時間に量産したハンバーガーを、短時間で客に食べさせ、短時間で客を回転させて利益を上げようというファーストフード店のシステムには、環境学でいう「時間圧縮(タイム・コンプレッション)」の論理が貫かれている。手間ヒマをかける時間を省き「早かろう、儲かろう」。
この商法が、時は金なりの世相に受け入れられ、この論理が、家庭にまでもちこまれた。
味噌汁、ソバ、うどん、そうめん。その出汁(だし)をとる手間ヒマを省くために、電動カンナであらかじめ削られ、工場から出荷されたけずり節、粉末ダシノモト、それに化学調味料を使う家庭料理……。
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4 猫の嗅覚・味覚は鋭敏だ。マグロの中トロ──たとえ、それが銀座のデパ地下で買ってきた上物だとしても、猫がソッポを向くときは、人間が食べても美味しくない。写真はわが家の女王様だったBELLE(右側。2005年、15歳で他界した)。猫に教わることはじつに多い。
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ちなみに、わが家では、台所で鰹節を削り器でシャカシャカやりはじめると、いずこからともなく猫のBELLE(ベル)が足元にあらわれる。「早くちょうだい」と足元にスリスリする。彼女は削り器で掻きおろした、削りたての鰹節が大好物なのだ。
猫に鰹節──というが、しかし、彼女は老舗の一流品であろうが、真空パック品であろうが、市販の「けずり節」はゼッタイに食べない。皿に盛ってやっても、ぷいと顔をそむけて姿を消す。猫は人より200倍ほど敏感な嗅覚をもつというが、削り器で掻いたばかりの鰹節と袋詰めの「けずり節」では、風味が全くちがうのだろう。
ある種の道具が絶滅するということは、その道具の作り方や使い方の技術・技法が絶滅することだ。
家庭から削り器が消え、鰹節が消え、良き味を知る舌が消え、微妙な出汁加減の調理法が消え、和食文化の粋のひとつが消えることを意味する。失われるものは大きいと思うのだ。
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5 こちらも「削り器」だが、氷を掻きおろす「氷鉋(こおりがんな)」。明治10年代、東京では「かき氷」が大流行、明治18年には、東京市中に530軒もの「氷水屋(こおりみずや)」があったという。一般家庭にもこんな簡易型の削り器が普及したのだろう。カンナの台を支える脚部は鋳鉄製。産業革命当時のモダニズムを彷彿とさせ、パリのエッフェル塔の脚を想い出させる、優雅なデザインだ。
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