ダダイズムやシュールレアリズムでいう、意識下にダイレクトに届く物的メッセージのことである。たとえていうなら、1917年、マルセル・デュシャンがニューヨーク独立芸術家協会展に出品を目論んだ磁器製男性用小便器(『レディ・メイド《泉》』)であり、1963年、赤瀬川原平が模型千円札のシートで梱包したトランク(後の「千円札裁判」で警視庁に押収された)である。
ぐゎらん堂はアートやパフォーマンスを展開する場としても位置づけられていた。毎月、店内の壁を利用して開催された「ぐゎらん堂店内展示」は、油彩、日本画、ポップアート、石膏人形、写真、漫画原画など、ジャンルを問わない多くの若きアーチストたちの作品でにぎわった。赤瀬川原平の『零円札』が、「水曜コンサート」のギャラとしてミュージシャンに支払われていた時期もあった。
実際、ぐゎらん堂に集ったのはミュージシャンやそのファンたちだけではなかった。
詩人、作家、画家、編集者、漫画家、写真家、映画作家、演劇人、舞踏家、落語家とその卵たちが続々と結集した。大工さん、植木屋さん、魚屋さん、畳屋さんなど市井のプロフェッショナルたちもまたたくさんやってきた。ぐゎらん堂とは、1970年代、日本のカウンターカルチャーの拠点であり、高い志をもつ若者たちのアジト(隠れ家)であり、さまざまな恋愛関係が錯綜した若衆宿(わかしゅやど)でもあった。
そして「武蔵野火薬庫☆ぐゎらん堂」は、当時の多くの若者たちにとって、他所をもって代えがたい、特別な思いを抱いて通い詰めた熱気あふれる居酒屋だったのである。