問:日本の住宅には「上座」と「下座」という約束事があるようですが、
どこが「上座」にあたるんですか?
答:そう、日本家屋には、昔からいくつかのヒエラルキー(序列)
がからむ概念がありました。たとえば──
【カミ(上)】建物の正面に向かって座敷があるほうを格式が高い上手(かみて)とした。
【シモ(下)】土間や台所があるほうを下手(しもて)とした。
【オモテ(表)】世間に顔を向け、客を迎える正面側の空間。式台(しきだい)や玄関、座敷がそれにあたり、造作や仕上げ材にも「柾目材」など高級な素材が使われた。
【ウラ(裏)】建物の背面側、日常の生活空間やルーティンワークを行うバックヤード=家族部屋、使用人部屋、台所、土間、納戸など。木の皮を一部残した「面皮材」など質素な素材が使われた。
【クチ(口)】クチは「入口」の「口」。土間の入口など日常の出入り口に近いほうを指す。
【オク(奥)】クチから上手方向、奥へと入った空間を指す。
つまり、建物全体でいえば、【カミ】【オモテ】【オク】が「上座」にあたります。
ひとつの部屋の中での上下の関係は、次のようになります。
日本人は、なぜ、床柱を背負った席を【上座】と決めたのだろう?
──話は16世紀にさかのぼる。
そのころ支配階級として台頭してきた武士の間では、畳を敷きつめた部屋をつくり、そこに床の間をもうけるという住宅スタイルが発達した。そう、武家住宅──「書院造り」である。
武士の正装を「衣へん」に「上下」と書いて「裃(かみしも)」というが、身分の上下関係にことのほかやかましかった武家階級は、この住宅の中に厳しい【座】の序列をもちこんだ。身分の高さに比例して、その人が座るべき空間の高さが設計されたのである。
【座】の高さとは、そこに座る人の目の高さを意味する。
たとえば、壇の上と壇の下。もちろん、身分の高い人間が壇の上──だ。
座らない場合もそうだった。たとえば、馬上と地べた。仁王立ちと平伏。
人を見下ろす高い目の位置は威圧の視座であり、相手を仰ぎ見る低い目の位置は屈従の視座である。自分の目より下に座る人が「目下」であり、自分の目より上に座る人を「目上」というわけだ。
この関係性が、武士の住宅に表現された。
格式のある武家屋敷では、身分の高い人が座る空間を通常の床レベルより一段もち上げた「上段の間」という部屋がもうけられた。上位者はより高く、下位者はより低く。
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1896(明治29)年竣工の「旧岩崎邸(東京・台東区)」の和館には、4畳敷きの「上段の間」が残されている。この奥座敷に三菱の当主をはじめ、明治期の政財界の大立て者が集い、その中の最上位の人物がこの上段の間に座したのではなかろうか。やがて、時代が下ると、一般の民家にも畳1枚分を床からもち上げた「ミニ上段の間」=床の間が普及する。
写真:Tabute Murase
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身分と【座】の関係を整理すると次のようになる。
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身分
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【座】
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座り方
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上級武士
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上段の間
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畳の上に座具(円座など)を敷きどっかり座る
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下級武士
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床座
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畳の上にアグラをかく
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供のもの
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土座
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庭先の土の上にひざまづく
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ちなみに、地面の上にじかに座るのを土座(どざ)というが、中でも、地べたに額をこすりつけてひれ伏する【座】が最下位ということになる。【土下座】である。
駕籠(かご)に乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋(わらじ)をつくる人……と、人の身分が厳しく制度化されていた封建社会では、そのように座る場所や座り方まで制度化されていた。
さらに、武家社会の上位者たちは【座】が一段高いだけでは満足できなかった。ちょっとばかり背中方面が淋しかったのである。オスのクジャクのように背後になにか派手な飾り物が欲しいなあ……と。目上の【座】を権威づけるためである。
そこで、このやんごとなき人物が座る背後の壁には、床の間、違い棚、天袋、地袋、書院などなどが賑々しくつくられるようになる。これらの造作を「座敷飾り」というが、まことに言い得て妙ではないか。
そういうわけで、床柱を背負った座が【上座】となる。やがて、江戸時代中期以降、このスタイルは農家や商家に模倣され、近代になって一般の民家にも定着していく。
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京都の商家に見る床の間(1907=明治40年竣工の「長江家住宅」2階奥の間)。左手に書院のある床の間、床柱を挟んだ右手の床脇には違い棚、天袋と本格的な「座敷飾り」が備えられている。この部屋は階下の客と顔を合わせさせたくないワケありの客との商談に使われた。
写真:Tabute Murase
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ついでにいえば、武家住宅は、その家に住む当の武士のための住まいというより、むしろ、目上の客を迎えるためのオフィシャルな場という性格が強かった。
目上の客(巡察の役人とか上級武士)は表門を通り抜け、玄関から供を引き連れてずかずかと書院のある座敷に押し通ると床の間を背に──つまり【上座】にどっかと座る。当主は目上の客の向かい側──つまり【下座】で平伏する。
すまじきものは宮仕え……なのである。
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昭和初期、自宅の床の間を背にした【上座】に座る家父長オヤジ。こういう光景は1960年代(昭和30年代半ば)まではよく見かけたが、住宅が急速に洋風化する1970年代になると住宅内の和室が減りはじめ、床の間もしだいに消え、やがて【上座/下座】の概念自体があいまいになっていく。そして、2000年代、新築マンションでは和室=ゼロのプランも珍しくない。
写真:不詳
(古道具屋で入手した生写真)
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そして、いま、ニッポンのご家庭内からパパの居場所が消えて久しく、【上座】と【下座】はうたかたの夢、盛者必衰のことわりをあらわす。もう、パパは何だかわからない……。
「部長、さ、さ、上座へ」
「上座っていったって、あなた、この部屋には床の間が無いじゃない?」
「でも、ほら、こちらの壁にはクーラーが」
「クーラー!?」
「風上──っていうくらいですから、ま、こっちが上座。ハッハッハ」
座敷飾りは、けっきょく、なんでもいいようなのである。
(春)